スタッフの声
「まさか自分が支援する側になるなんて」
珠洲事業所スタッフ Wさん
――被災者から支援者へ。震災を経験した私が今、YNFで働く理由 ――地震が起きたとき、どのような状況だったのでしょうか? 実は、私は外出中だったんです。津波が来るから避難するようにと呼びかけがあって、急いで飯田高校に向かいました。そこで家族と合流できたので、本当に安心しましたね。電気が復旧するまでのあいだは、そのまま飯田高校で避難生活を送りました。 避難先では、小学校や保育園がなかなか再開されず、子どもたちがインフルエンザにかかってしまって……。私自身も心身ともに本当に大変な日々でした。 自宅に戻ってからも水道が出なかったので、4月頃になってようやく水が使えるようになり、最低限の生活が送れるようになったという感じです。 ――そうしたご経験の中で、なぜYNFで働こうと? 震災後は働き口もなく、以前勤めていたお店でアルバイトをしながら、これからどうしようかと考えていました。そんなときに、YNFが正社員を募集しているという求人情報を見つけて。「ここなら被災した自分の経験も、何か役に立つかもしれない」と思い、応募しました。 ――実際に働いてみて、どんなことを感じていますか? 正直、まさか自分が「支援する側」になるなんて思ってもみませんでした。でも今は、これまでとは違う視点で地域や人と向き合うようになり、自分の価値観も少しずつ変わってきたと感じています。 ――職場の雰囲気はいかがですか? とても働きやすい環境です。分からないことがあったら丁寧に教えていただけますし、よく話しかけてもらえるので、たわいもない雑談をしている時間が一番楽しいですね。自然体でいられる職場だと思います。 ――最後に、地元の方や一緒に働く仲間へのメッセージをお願いします。 地元の皆さんには、どうか体に気をつけながら、ゆっくりでも一歩ずつ再建を目指していきましょうとお伝えしたいです。 私自身は、まだ入社して3ヶ月ほどで、分からないこともたくさんあります。ですので、これからも仲間の皆さんにいろいろ教えていただきながら、成長していけたら嬉しいです。

「珠洲に移住し、YNFで活動するという選択」

珠洲事業所スタッフ Yさん
― どうして珠洲に移住しようと思われたのですか? 今まで被災地に行ったことがありませんでしたが、実際に被災地に足を運び、被災者の支援活動をしたいと思うようになりました。純粋に困っている人の助けになることをしたい――その思いが移住の大きな理由です。 ― YNFで働くことを決めた理由を教えてください。 被災者支援に関わる求人を探していたところ、最初に見つけたのがYNFの求人でした。何よりも、被災者の長期的な支援が必要だという点でYNFの考え方と一致していることが、一番の決め手でした。 ― 実際に働いてみて、印象に残っている出来事はありますか? テレビやインターネットで目にする情報と、実際に現場で見る景色とのギャップに戸惑ったことが、今でも強く心に残っています。発災から1年後に奥能登の地に立ったとき、倒壊した家が当時のまま残されている風景を目にし、言葉を失ったことを鮮明に覚えています。 また、支援活動の中で印象的だったのは、自分自身も大きな被害を受けているのに「私たちのところは被害が少ないから、もっと被害の大きな人たちを支援してほしい」と語る住民の方々の姿です。その言葉には奥能登の人々の人柄の良さがにじみ出ていました。 一緒に働いている仲間の多くも地元の被災者ですが、普段から明るく仕事に取り組んでいます。被災者であることを感じさせない強さとたくましさ、そして美しさに、常に頭が下がる思いです。 ― 奥能登での暮らしはいかがですか? 奥能登は夏は暑く、冬は寒い厳しい土地です。しかし、その分食べ物はとてもおいしく、海の幸や山の幸が豊富で、特にお米は格別です。海が近いので有名な釣りスポットも多く、暇さえあれば釣りに出かけられる環境は、釣り好きにとってはたまらない魅力だと思います。 奥能登の人たちは本当に温かい方ばかりです。方言が聞き取りにくいところもありますが、そこはニュアンスで理解できるので大きな問題はありません。 ― お気に入りの時間や場所はありますか? 近くにある小さな海水浴場がお気に入りです。まるでプライベートビーチのように静かで、真っ青な海と広がる景色は本当に素晴らしいものです。心が落ち着く、大切な場所です。 ― これから一緒に働く仲間に伝えたいことはありますか? 私たちの職場は、みんなでワイワイ言いながら働ける、とても楽しい雰囲気です。 「困っている人を助ける」という経験は、今の時代になかなか得られるものではありません。自分のことで精いっぱいになりがちな社会の中で、純粋に人を思い、その人の人生に寄り添う仕事は本当に貴重だと思います。ぜひ一度、この経験をしてみてはいかがでしょうか。
「影響を受けながら成長していきたい」
福岡事業所スタッフ Yさん
― YNFに入ろうと思ったきっかけは何ですか? 前職では営業代行のコールセンターを経営していました。事業の先行きを考える中で、踏ん張るか会社を譲るかという大きな選択に直面しました。40代を迎え、これまで築いてきた役割と、これからの人生をどう過ごしたいかを考えたときに、一度立ち止まってリセットしようと決断しました。 その後は少しゆっくりと時間を過ごしながら旅などをしていた時期に、大学時代の友人でもある代表の江﨑からYNFに声をかけてもらいました。 「海の近くに住める」「人のためになりそう」くらいの軽い気持ちで関わり始めました(笑) ― 福岡を拠点にしながら、実際にどんな仕事をしていますか? 現在、福岡拠点では令和5年7月豪雨で被災した久留米への継続的な支援活動や、令和7年8月豪雨で発災した県内の被災世帯への対応などを行っています。 また、大学の研究室と協働した地域防災への伴走や、「災害ケースマネジメント」(※詳しくは検索してみてください)という支援手法を全国に普及させるための啓発事業にも携わっています。 月の半分ほどは石川県珠洲市の拠点に応援に入り、珠洲拠点のスタッフの皆と相談支援業務を行っています。まだ2年ほどの在籍期間ではありますが、その間にも自治体に対し支援団体の立場から様々な制度の運用について提言することで、被災者の利益に適ったという事例もありました。 マニュアルをこなすという仕事ではなく、現場の課題を、取り組める現実的なサイズに切り取り、皆でアイデアを出して支援を確実に進めていくという仕事だと思います。 ― 被災地に入って活動するとき、特に印象に残った出来事や学びはありますか? 代表の江﨑が被災地に入る際に、「やることを決めずに行く」ということでしょうか。 もちろん、こういう課題が起こりうるだろうという想定は行った上なのですが。 外から見る被災地と中に入って見る被災地は全く別物だと思います。 代表自ら、現場に居続けてインプットを行う姿勢に学ばせてもらっています。 支援側がそれぞれ得意分野でのアウトプットを意識しすぎると、支援のすき間やミスマッチが生まれます。常に支援のすき間に心を配り、支援側がネットワークを活かし、連携し合いながら支援にあたることが大切なのだと思います。 ― 出張が多い働き方の中で、大変なことや逆にやりがいを感じることは何ですか? どの仕事でもそうですが、出張で大変なのは家族の理解ではないでしょうか。幸い、私の場合は妻がおおらかなので非常に助かっています(笑)。 いろんな場所に行き、いろんな人に会い、いろんな時間を過ごす。たまにはみんなでお酒を飲んだりして。 利害関係をあまり意識せずにそれができる。 こういう仕事ってなかなか無いんじゃないでしょうか。 ― これからYNFで挑戦したいこと、未来の仲間に伝えたいことはありますか? 何に挑戦するかは決めず、これまで出逢った、これから出逢うすばらしい人たちの影響を受けながら成長していけたらと思っています。 「親切な人を少しでも増やしたい」という思いを秘めながら。馬鹿みたいにシンプルですが、YNFにはそういう文化があると思います。

